こんにちは!
フラメンコギター池川です。
パコ・デ・ルシアというと、超絶技巧、という言葉が先に浮かぶかもしれません。
でも、その人生をたどると、華やかな舞台よりずっと前に、「家族が食べていくための音楽」から始まった物語が見えてきます。
踊りを習っている人
池川今日は「知っておきたいフラメンコの100人」の1人目として、パコ・デ・ルシアの人生の流れを、動画でお話しした内容にそってまとめます。
▼ 動画でも話しています
本人の回想や財団の資料をもとに、パコの人生をじっくりお話ししています。再生しながら読んでも、先に見てからでも大丈夫です。記事はこの下に続きます。
港町アルヘシラスで、家族の音楽として育つ

パコは1947年、スペイン南部カディス県の港町、アルヘシラスに生まれます。「パコ・デ・ルシア」という名前は、近所にパコという子が何人もいたので、「ルシアのところのパコ」と呼ばれたことが由来だと、本人がテレビで説明しています。ルシアは母の名前です。
父のアントニオは、昼は市場で商売をして、夜は酒の席でギターを弾いていました。客に楽器を壊されて帰ってきた父の姿を、幼いパコが見ていたという話も残っています。息子たちには同じ暮らしをさせたくない。その思いと家計の厳しさが、徹底した練習につながっていきます。
映画監督になった息子さんは、父が1日8〜10時間ギターに向かい、近所の子と遊べなかったと話しています。父への不満も感謝もあって、単純な美談では片づけられません。
パコの音楽は、舞台の華やかさより先に、家族の暮らしの中から始まりました。兄のラモンは同じくギタリスト、もう一人の兄ペペは歌い手で、兄弟で活動していきます。
海外へ出て、「作曲家」の道へ

マドリードに出てもすぐに成功したわけではなく、未成年だからと出演先に断られた日々もあったそうです。転機になったのは、ある舞踊団のアメリカ公演でした。まず兄のペペが渡米して、「弟も連れてきてほしい」と頼み続けます。ギタリストはすでにそろっていましたが、頼み続けた末に、パコも合流することになります。
この旅で出会ったギタリストと楽屋でフレーズを交換し、「もう1本ギターを重ねたらどうなるか」と二重奏を組み立てていきました。これが1964年の、二重奏のアルバムにつながります。ニューヨークでは、ある巨匠との出会いもありました。ニーニョ・リカルドの音楽を身につけた若者に、「今度は自分自身の作品を作りなさい」と促した人です。パコは演奏家だけでなく、作曲家としての道を進んでいきます。
カマロンとの出会い、大ヒット、そして新しい音楽

そこで出会ったのが、カマロン・デ・ラ・イスラです。1969年、カマロン18歳、パコ21歳で、最初のアルバムを録音します。制作の中心になったのは、あの厳しい父でした。レコードの表記では、歌い手とギタリストの名前を同じ大きさで載せ、パコを「単なる裏方」にしないようにしたそうです。
踊りを習っている人
池川1973年のアルバムの中の「二筋の川」は、歌のないルンバとして、フラメンコをふだん聞かない人にまで届き、社会現象のような大ヒットになりました。そのあとも、成功した曲を弾き続けるだけでは終わらず、ジャズのギタリストとの共演へ。ロンドンでの共演の最初の1週間は頭痛に悩み、帰りたくなった、という本人の回想もあります。指が動かないのではなく、ジャズの即興の進め方に慣れていなかった。評価されていた音楽家が、できないことに向き合った出来事です。
その後、ペルーで出会った箱型の打楽器カホンの音に引かれて、フラメンコに取り入れます。1981年には、兄ラモンやペペ、打楽器奏者などと6人のグループを結成。アメリカやペルーで出会った音が結びつき、新しい音楽が生まれました。
母に捧げた音楽、そして最後のアルバム

1991年には、ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」にも取り組みます。本人の回想では、約1か月こもって、レコードと音の名前を書いた紙を使い、約8割は耳で覚えたそうです。企画を実現するための資金面の難しさもあって、パコほどの人でも、やりたいことがそのまま実現するわけではなかった、というのも印象的です。
1992年にカマロンが亡くなります。その名前を、パコは1998年に母に捧げたアルバムの最後の曲に残しました。母は半年間入院していて、パコは朝にお見舞いに行き、午後から夜にかけて曲を作ったそうです。母にアルバムを捧げると伝えたときの笑顔が忘れられない、と振り返っています。このアルバムには、パコ自身の歌声も入っています。完璧な演奏を追い続けた人が、ここでは自分自身の声を選びました。
パコは2014年2月、メキシコで亡くなります。66歳でした。最後のアルバムは、故郷アンダルシアの歌を集めた作品です。家族とともに歩んだ音楽が、最後まで家族の存在とつながっていたように感じます。
ぼくは小学生のとき、親に連れられてパコの生のコンサートに行ったことがあります。心地よすぎてコンサートの半分以上を寝てしまった、というのが、ぼくの思い出です。その後も来日のたびに聴きに行き、いまも映像と音源で感動しています。超絶技巧だけでなく、アンダルシア人らしい遊び心や人間らしさを知ると、パコの音楽がもっと好きになりますよ。
パコを聴くときのヒント
- □ 生まれた港町と、家族の物語を思い出して聴いた
- □ カマロンとの録音を、歌とギターの会話として聴いた
- □ 大ヒットした「歌のないルンバ」を聴いた
- □ 母に捧げたアルバムの最後の曲を聴いた
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