ズボン姿で世界を驚かせた踊り手|カルメン・アマヤの生涯と、いまの舞台に残るもの

こんにちは!

フラメンコギター池川です。

フラメンコの踊り手といえば、ドレスにバタ・デ・コーラ。そんなイメージを、ズボン姿で変えた人がいます。

今回は「知っておきたいフラメンコの100人」の3人目、カルメン・アマヤのお話です。

踊りを習っている人踊りを習っている人
カルメン・アマヤって、名前は聞くけれど、どんな人だったんですか?
池川池川
海辺の貧しい地区から、世界の舞台まで行った人です。動画でお話しした出来事を、順にたどりますね。

動画でお話しした範囲で、カルメンの生涯と、いまの舞台に残っているものをご紹介します。生まれた年などは資料によって幅があるため、断定は避けています。

▼ 動画でも話しています

生涯のエピソードを、動画でじっくりお話ししています。再生しながら読んでも、先に見てからでも大丈夫です。記事はこの下に続きます。

海辺の貧しい地区で育った少女

図解:海辺の地区に生まれて

カルメン・アマヤは、バルセロナの海沿いにあった貧しい地区、ソモロストロで育ちました。生まれた年は資料によって幅があります。一家はロマの大家族で、たくさんの兄弟の中で育っています。

父はエル・チノと呼ばれたギタリストで、夜になると町の酒場を回って弾いていました。そしてわずか4歳のとき、カルメンは父に連れられてバルセロナの劇場に立ち、一緒に踊っています。

後に彼女は、自分の踊りの原点をこう語っています。「私は海のそばで生まれました。私の人生も芸も海から生まれたんです」。リズムと踊りの最初の感覚は、波の音から来たそうです。

内戦を逃れて、南米・アメリカへ

図解:内戦、そして世界へ

やがてカルメンはバルセロナ万博への出演を果たします。ところが1936年、スペイン内戦が始まります。一家はポルトガルへ逃れ、その年の12月にアルゼンチンのブエノスアイレスへたどり着きました。現地では彼女の名前をつけた劇場ができるほどの評判になったと伝えられ、一家は4年にわたって南米各地を巡演しています。

1941年には、アメリカへ。ニューヨークのカーネギーホールでは、名ギタリストたちと一緒に舞台に立ちました。評判はワシントンにも届き、ルーズベルト大統領が踊りに感銘を受けて、ホワイトハウスに招いたと伝えられています。1942年からはハリウッドにも進出し、いくつもの映画に出演しました。

踊りを習っている人踊りを習っている人
海辺の地区から大統領の前まで、すごい道のりですね。

そうなんです。誰にも予想できなかった道のりですよね。

ズボン姿と、力強い足技

図解:ズボン姿と力強い足技

カルメンの踊りを語るうえで欠かせないのが衣装です。それまで女性の踊り手が身につけることのなかった、体にぴったりしたズボンとジャケットで舞台に立ち、男性の踊りのものとされていた速くて力強い足技を披露しました。

彼女が最初の1人だったかどうかは、資料によって見方が分かれます。ただ、この姿とスピードを世界中に記憶させたのはカルメンだったと語られています。女性の踊りにできることの幅を、大きく広げた存在です。

ここがポイント
「女性はこう踊るもの」という枠を広げたことが、いまの舞台に残っているカルメンの大きな功績です。

ぼくも映像を見たことがありますが、とにかく足さばきが速い。あの速くて力強い足に合わせて弾いたギタリストたちは、きっと大変で、でも本当にエキサイティングだっただろうなと思います。

故郷へ帰り、最後の舞台へ

図解:故郷へ、そして最後の舞台

1947年、11年に及ぶ海外生活を経て、カルメンはマドリードへ降り立ちます。世界的な名声を手にしての帰国でした。1955年には再びカーネギーホールで4回の公演を行い、1959年には、幼い頃に水をくみに通ったソモロストロの一角に、カルメンの名前をつけた泉が作られました。

若い頃から腎臓の持病を抱えていたと伝えられています。公演中に「もうこれ以上踊れない」と感じ、ギタリストに「もう終わりにしよう」と告げたことが、最後の舞台になったそうです。1963年には、ソモロストロを舞台にした映画に出演します。育った地区が、最後の出演作の舞台になったんですね。同じ年の11月、自宅で亡くなりました。

いま、フラメンコの舞台で女性が見せる強さや速さの中には、カルメンが切り開いた場所が残っています。気になった方は、映像も探してみてください。

カルメンを知ったあとにやってみること

  • □ 映像で、足の速さと力強さに注目して見た
  • □ 印象に残った出来事を1つ、ノートに書いた
  • □ 好きな踊り手さんの人生も調べてみたくなった
  • □ 踊りの先生に、好きな踊り手を聞いてみた

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